日本音楽即興学会 JASMIM

The Japanese Association for the Study of Musical IMprovisation
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ニュースレター

 2008年:学会紹介記事(若尾裕)

記載:2008年7月9日

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学会紹介記事(若尾裕)
記載2008年7月9日

最近、カワイが出している「あんさんぶる」(2008年7月 No.491)という小雑誌に、この学会のことを書きました。若尾 裕

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音楽即興学会

 即興演奏や即興音楽は、人類の音楽文化にさまざまな形で存在している。というか、近代以後の西洋音楽の記譜された音楽を再現するという文化の方がむしろ例外と言うべきだろう。また、音楽即興は近年、音楽療法や音楽教育の領域で欠くことのできない重要な手法の一つとなって、別の形で復権してきていることも注目すべきだろう。

 improvisationという言葉をネット検索してみると、音楽よりもむしろ演劇やダンスの領域でヒットするものの方が多く、実際に音楽以外のさまざまな領域で即興は行われていて、特に演劇とダンスの分野では盛んである。

 そういった即興表現の文化は、昔からあったものなのだが、これまであまり研究はなされてこなかったのは、完成された作品を中心に研究が行われてきたからだろう。そのような状況で私は、音楽領域だけに限ってであるが、即興についての学会を作ってみようとしているところだ。

 即興音楽家のデレク・ベイリーは「インプロヴィゼーション―即興演奏の彼方へ」(工作舎、1981年)という、初めて即興音楽に焦点を当てる書を著し、ワールドミュージック、ジャズ、ロック、フリー・インプロヴィゼーション、クラシック音楽、キリスト教オルガン音楽などで行われている即興音楽について音楽家の立場から考えた。そのころから即興音楽についての議論は増え始め、少しずつ無視されてきた音楽実践に光が当たり始めたようだ。

 私が即興演奏と関わることになったのは、音楽療法からである。ポール・ノードフの子どもとの即興演奏を使った音楽活動は、その当時、音楽療法の世界のなかで私が興味を引かれた唯一のものだった。彼の即興演奏は、クラシック畑で育ってきた私にはとても取り付きやすいものだった。その後、フランスの即興演奏家(ベーシスト)のジョエル・レアンドルとの出会いによって、私はより自由なフリー・インプロヴィゼーションに目覚めることになる。彼女はある演奏会で、私にせっかくだから一緒になんかやろうと言ってくれたのだ。初めてだったが、やってみるととてもおもしろく、私のようなものがやっても許されると感じることができたのはとても大きなことだった。以後、ときどきライブハウスなどでピアノを弾いたりし始める。

 このような経路で即興音楽に入り込んでいった私がずっと思ってきたことは、音楽療法の世界の即興と、もっとさまざまな即興音楽との間に十分な風通しがないことである。欧米の音楽療法学科などでは、もちろん即興演奏のテクニックを学ぶことが必修になっていて、それらは臨床即興演奏と呼ばれ、かなり時間を取ってトレーニングされているようである。最近、この臨床即興演奏についての本がイギリスの音楽療法研究者のトニー・ウィグラムによって出されている。内容的にわるいものではなく、現時点では必要なことがうまくまとめられているし、音楽の例もまあまあ偏りを感じさせないものである。

 しかしながら私にはなお、音楽療法における即興が自分の世界でやや自己完結している感じが否めないのである。つまり、そこにはライブハウスで即興演奏家どうしが繰り広げる強度のようなものがなんとなく欠けるように思えるのだ。もちろん、ライブハウスでの即興音楽と音楽療法の場での即興音楽は異なるものであるし、即興音楽家と音楽療法士の音楽行為は性格のやや異なるものであることもわかっている。しかし、即興音楽のアクチュアリティーのようなものについては何となく物足りなく、もう少し即興演奏家の世界の風が入った方がよいのではないだろうか?というのが、ライブハウスと音楽療法の両方の場に関わってきた私の実感なのである。

 もう一つ、私がこの学会に願っていることがある。多くの音楽研究では、音楽の実践と研究の間の溝が見られるのだが、これをもう少しなんとかならないものだろうか、ということだ。音楽学者のなかには音楽家以上に演奏や作曲に長けている人もいるし、音楽学者以上に本を読んでいる音楽家もいることも確かだが、一般的に音楽家は音楽研究者や批評家のことをわかっちゃいないと考え、音楽学者は音楽家のことをわかっちゃいないと考える図式は見受けられる現象である。この学会では音楽家にもどんどん入ってもらい、演奏、ワークショップ、研究発表などが有機的につながり、即興することとその研究をすることを等価になることを望みたい。音楽家も研究者もみんなインプロヴァイズするのだ。

 いま、即興的なる文化がさまざまに再生し始めてきている息吹が私には感じられる。昔の吟遊詩人の文化のように流動的であいまいだったものが、近代に形式化され構築されて作品という形になっていったのだが、ポストモダンの今の時代、また以前のような流動的な表現文化のあり方が模索され始めてきているようだ。


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