日本音楽即興学会(JASMIM)2009大会報告



'Improvised Dialogue in Music Therapy: Toward multi-dimensional meaning beyond remedial perspective'


コーディネーター:

嶋田久美 SHIMADA Kumi(神戸大学大学院人間発達環境学研究科)

沼田里衣 NUMATA Rii(神戸大学大学院国際文化学研究科 地域連携研究員)


コメンテーター:

細馬宏通(滋賀県立大学人間文化学部)

卜田隆嗣(大阪教育大学教育学部)


【概要(大会抄録記載)】


このディスカッションは、現在企画者が行っている5q-症候群(第5番染色体長腕の一部欠損による障害)を持つ男子(Ryo君、現20歳)との5年にわたる即興的な音のやり取りの事例を紹介した後、その音楽的対話の過程や意味について、他分野の専門家を迎えて、療法的枠組みを超えた議論を試みるものである。


-Ryo君について-

Ryo君は、自家中毒や発作などの症状を併せ持つ虚弱体質で、2004年9月に音楽療法を始めた当初は、セッションを行う30分間座っていることも困難な状況であった。言語的発話はみられず、音楽的反応としては鼻に抜けるか弱い「ふーん」といった声を出す程度であったが、音による対話を試み続けた結果、体重増加や体力的成長もあり、様々なパターンの声を出したり、長時間にわたり弦楽器を演奏したりするようになった。


-音楽療法における近年の議論-

近年、特に欧米の音楽療法では、治療効果の実証を目的とした科学主義への偏重に対する疑問と反省から、現場で起こっている事象の音楽的側面を重視し、哲学・美学・音楽学などの人文学的見地からその意味をより質的に捉えて探求しようとする動きが活発になってきている。たとえば、「文化中心音楽療法」(Stige)や「コミュニティー音楽療法」(Pavlicevic & Ansdell)などの提唱により、音楽療法を取り巻く様相を社会的・文化的視点から捉える動きなどがみられる。そこで重要となるのは、音楽の効果の実証を考えるだけではなく、音楽の体験の意味をいかに拾い上げていくかということである。そのような体験の過程に関する研究には、文化人類学的視点から儀式の一種として捉える議論(Ruud)、ヴィトゲンシュタインの言語ゲーム論を援用した議論(Stige)、母子関係に関する発達心理学的な理論で説明した議論(Pavlicevic)、そして「体験の場(The Field of Play)」(Kenny)という医学や心理学などの他の理論によらずに音楽療法独自の理論モデルを構築しようと試みたものなどがある。このような議論は未だ発展途上の段階にあり、臨床現場における音楽の生成過程を詳細に捉えるには、さらに様々な視点からの議論が必要であろう。  このような方向性を受けて、今回のシンポジウムにおいては、Ryo君との音楽的対話の成立をめぐって、言語学と民族音楽学をそれぞれ専門とする討論者を迎えて議論を展開することとしたい。それにより、音楽療法における体験をいかに理解し、その意味を重層化していくかについて考えていきたい。


-参考文献-

・ Kenny, Carolyn B. 1989. The Field of Play: A Guide for the Theory and Practice of Music Therapy. Atascadero, Calif.: Ridgeview Publishing Company.〔近藤里美訳 2006 『フィールド・オブ・プレイ―音楽療法の「体験の場」で起こっていること』、東京:春秋社〕

・ Pavlicevic, Mercedes. 1997. Music Therapy in Context: Music, Meaning and Relationship. London: Jessica Kingsley Publishers. 〔佐治順子・高橋真喜子訳 2002 『音楽療法の意味―心のかけ橋としての音楽』、仙台:本の森〕

・ Pavlicevic, Mercedes and Gary Ansdell (ed.) 2004. Community MusicTherapy. London and Philadelphia: Jessica Kingsley Publishers.

・ Ruud, Even. 1998. Music Therapy: Improvisation, Communication, and Culture. Gilsum, N.H.: Barcelona Publishers.

・ Stige, Brynjulf. 2002. Culture-Centered Music Therapy. Gilsum, N.H.: Barcelona Publishers.〔阪上正巳監訳 2008 『文化中心音楽療法』 東京:音楽之友社〕



【報告】


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