日本音楽即興学会(JASMIM)2011大会報告


フリージャズがお好きで、パンクロックを演奏しておられたこともある市田良彦さんをお招きして講演と質疑応答を行います。


【講演者】
市田良彦(Yoshihiko ICHIDA)
神戸大学大学院国際文化学研究科グローバル文化専攻教授。フランス現代思想。


【参考著書】
『ランシエール―新〈音楽の哲学〉』市田良彦


【要旨(大会抄録記載)】


即興は音楽を発生させる出来事としてある。あらゆる音楽がかつてもったはずの〈はじまり〉に私たちを連れ戻す。だから即興は、音楽を今・ここでゼロから生み直す冒険だ。とすれば、そこに〈メソッド〉はありようもないかのようにも思える。しかしすべてを偶然に委ねるとは、それ自体で一つの充分にコンセプチュアルな作曲の方法であって、個々のパフォーマーからは〈自由〉を奪わずにはおれないということも、私たちは知っている。偶然なることを託された〈さいころの目〉に、従わなくてはいけないのだから。即興の現場で起きていることは、いかに根拠がなくても、パフォーマーと音楽の必然にほかならない。音楽が人においてはじまることの必然に内在した即興の〈メソッド〉を、ジル・ドゥルーズとフェリクス・ガタリから〈リトルネロ〉、ジャック・ランシエールから〈平等〉という言葉をそれぞれ借りて探ってみたい。しかしあらかじめ分かっていることが一つだけある。この〈メソッド〉が即興を音楽の一ジャンルにしてしまうようなものなら、それは音楽を生み直すという即興の本義からして、失敗だということである。





【報告・原稿】



お招きいただきありがとうございます。私のように、音楽にかんしては何の専門性ももたない人間に、このような発言の場を与えていただき、感謝すると同時に恐縮しています。しかし、即興で何かを演じ、表現する、とは、ご承知のとおり、身につけるべき専門性からはかぎりなく遠くあろうとする意志と不可分のものです。学ぶべきマニュアルがないことは、ほとんど即興の定義そのものです。今ここで、さあ即興をはじめよう、となると、ほとんどの人は途方にくれる。そして途方にくれない人は、よく知っているはずです。即興にマニュアルはないけれども、あるいはマニュアルがないから、意志と経験が必要である。即興には、修練が必要である、と。何をしてもよいということから生じる、この難しさの前に、即興パフォーマーは立ち続けなくてはなりません。これからさせていただく話も、みなさんには周知であるはずのこの困難にかかわっています。


しかし、参照すべきマニュアルがない、ということで今日思い浮かべるのは、音楽でも踊りでもなく、私たち全員がその渦中にいる「3・11」以降の事態ではないでしょうか。散々聞かされたように、起きたことは「想定外」であった。だからどう対処してよいかほとんど誰にも分からず、それを分かっているはずの専門家も、ごくかぎられた範囲、まさに専門的領域についてだけ何か言えた。全体状況にかんしては誰の能力も越えていた。私が全責任を負うと首相が豪語したところで、すべてに責任を負うということは特に何かに責任を負うわけではないということですから、結局、何の責任も問われずにすむのだろう、と誰の目にも予想できました。日本人は以来、全員がマニュアルのないパフォーマンスを強いられている状態にあります。そして、なんとなく思っている。新しいマニュアルを作れ、想定の敷居を上げた基本マニュアルと、想定を越えた場合の危機管理マニュアルの二つを作れ、と。


長く即興パフォーマンスにかかわってきた人間は、しかし、声を大にして言うべきではないでしょうか。そんなことは無理だ。私たちが「3・11」により強いられているのは、まさに即興パフォーマンスであるのに、そんなものにマニュアルを作ろうと努力をはじめたら、逆にパフォーマンス能力を奪うだけではないのか。誰も今・ここで即興をはじめようとする勇気をもてなくなってしまうのではないか。マニュアルの分量を増やせば増やすほど、やってはいけないことの数も膨らんでいき、それを監視する業務が増え、そうした事態から生れる心理的ストレスに対処するガス抜きの方法も必要になり、あげくは、みなに非常に厳しい倫理が求められることになる。ほんのちょっとした失言でも、大臣を追放しなければいけないことになる。こういうことで、いいんでしょうか。マニュアルができるのを待っている間に、また「想定外」が起きたらどうするんでしょうか。とにかく、即興パフォーマンスが存在しうるという視点から見たときには、今日の日本で進行している事態はどこか〝いたちごっこ〟の感をぬぐえません。


もちろん、政治や行政に携わっている人々も、そういう不都合はある程度分かっている。危機管理マニュアルを整備するだけではなく、住民の避難訓練が必要なことも、NGOの協力をあおぐべき事項があることも、分かっている。経営学の分野では、マニュアル化できない知識をどうやって組織のなかに蓄積し、伝達していくかという議論があります。ではこれは、即興パフォーマンスの存在を認め、その力量を承認し、取り入れようとする方向性でしょうか。もちろん、そういう側面もあるでしょう。しかし、どこか根本的に違うところが依然として残っているのではないかというのが、私が今日ここで申し上げたい第一の点です。現代音楽と即興音楽の歴史を少しひもとくだけで、違いは明らかでしょう。避難訓練やNGOとの協力という発想は、いわば「偶然を管理する」という志向性をもっています。ある程度の偶然つまり即興性を演者に委ねながら、フレキシブルでゆるやかな構築物として全体の作曲をしよう、というピエール・ブーレーズの路線です。そして私たちはよく知っています。「管理された偶然」は、「管理されない偶然」、野放図な偶然への防波堤として導入された。いわば、マニュアルがまったくない状態を排除するために、一種の棲み分けが画策されたわけです。即興と作曲の間、自由と作為の間、ノイズと楽音の間に。この路線が、それ自体として即興パフォーマンスを問題にすることと根本的に異なっている理由は、この棲み分けないし共存は、そのやり方を考えることが以降の音楽作り――作曲と言ってしまっていいと思いますが――では普通のこと、主流のやり方となってしまい、即興性を失ってしまうからです。実際、「管理された偶然」というスローガンで、今日なにか新しい音楽づくりのヒントは得られるでしょうか。街中で拾ってきた音響素材を、楽器演奏と組み合わせて、コンピュータ上で編集する、というようなやり方を思い浮かべるまでもなく、そもそも、ジャズのインプロとはまさに「管理された偶然」ではなかったでしょうか。そんなものに自由はない、と言い放ったアドルノの言葉を思い起こさずにはいられません。つまり、即興を部分的に取り入れるという発想は、即興性とはほど遠いところに私たちを連れて行ってしまう。私たちは、ふり出しに連れ戻されるわけです。


この関係は、市場の自由を国家的装置によって管理する、という構図と同型です。もちろん管理はできるけれど、つまり取引の自由を残しながら市場の暴走を食い止めることはある程度できるだろうけれども、それをやろうとすれば、私たちは自由とは正反対の規制、規則をどんどんたくさん受け入れるほかなくなっていく。今日では、気安く本のコピーなんかしてはいけないわけです。ミュージシャンは他人の演奏をコピーしながらうまくなっていくほかない、というのに。


私よりは多少、即興音楽に対し専門的関心を多く寄せておられる






みなさんがどう考えておられるかは分かりませんが、私が即興音楽というとき、それは明確にある歴史的なはじまりをもっています。一九五九年、オーネット・コールマンが『ジャズ来るべきもの』を発売したときです。そして、それを「はじまり」と呼ぶときには、一つの対比を念頭に置いています。一九五二年のジョン・ケージ、『四分三三秒』です。即興を「偶然性の導入」と考えたときには、「プリペアド・ピアノ」に代表されるケージの四〇年代の仕事が重要になってきて、その極点が『四分三三秒』ということになるのでしょうが、私はとりあえず、いわゆる現代音楽の歴史と重なり、この作品ならざる作品を極点とする流れを、即興音楽の範疇には入れていません。


偶然性を解放する音楽、という点では同じように見えるフリー・ジャズと、現代音楽のチャンス・オペレーションは、一つの点で大きく異なっています。それは、偶然性を取り入れようとする現代音楽には、あくまで作家‐作曲家と作品が存在するのに対し、フリー・ジャズのほうには、それがなくて、パフォーマーしかいない、ということです。コールマンの『ジャズ来るべきもの』が、今日の目から見て、というか今日の耳で聞いて、それほどフリーには聞こえないものであったとしても、つまり『四分三三秒』のほうがよほど過激であると思えたとしても、この違いはやはり大きい。そのアルバムでコールマンはかなりの程度、作曲をしています。それでも『ジャズ来るべきもの』は大きなはじまりを実際に画することになりました。小節構成を無視する、というたったそれだけのことによってです。それがいかに大きなことであったかは、コールマンの二年後のアルバム、『フリー・ジャズ』を聞けばよく分かります。いったん無視された小節構成は、たった二年間で、この完全な混沌のように聞こえるアンサンブルにまで到達したのです。小節構成を外形的な基本定型ルールよりは、演者の感性に従わせて自由にしようではないか、というたったそれだけのアイデアは、ほとんどあっという間に、音楽にかんするすべてのルールを無視する、これぞザ・即興音楽という即興音楽に到達しました。いったい、なにが解放されたのか。小節構成に関する基本ルールを壊す、とは何を壊すことであったのか。煎じ詰めれば、時間でしょう。小節は時間芸術と言われる音楽の基本的な時間単位を定めます。時計の一時間に相当するようなものとして一小節を定める。それが自由であってよいというのですから、コールマンは時間の設計者、統制者を音楽から追い出す試みをはじめてしまったことになります。『四分三三秒』のほうは言ってみれば、四分三三秒という枠を課すことによって、そこだけは手放さなかったのです。手放さないことにより、『四分三三秒』はケージの作品となることができた。しかし『フリー・ジャズ』は、アルバムのクレジットがオーネット・コールマンとなっていることでかろうじて彼の「作品」と言えるにすぎず、音にかんしては彼は一メンバー、一人のパフォーマーにすぎません。


同じようなことは、ダンスについても言えます。とりあえず、動作をなにか繰り返していれば、あの人は踊っているな、と私たちは思うことができる。動作の反復が、音楽で言えば小節構成に相当する表現の基礎的単位を作ってくれる。一つの持続した時間が流れている、と思わせてくれる。それがなければ、いわゆる振り付けはほとんど憶えられないはずです。繰り返しを排除する表現は、現代音楽でも無調性音楽として追求されましたが、ご承知のとおり、そこには譜面が存在していて、演者は憶える必要がありません。小節構成が崩れるということは、なにが反復されているのか掴めなくなるということであり、それが掴めなければ、時間を「測る」ということができなくなる。だから記憶による再現が極めて困難になるわけです。記憶する際に必要な座標軸が与えられないのですから。そういう時間のゼロ地点から、音楽や踊りを組み立てなおすことを、即興は強いるのではないでしょうか。それを強いる表現が、即興パフォーマンスではないのでしょうか。私は、ごくシンプルにそのように考えています。


しかしオーネット・コールマンはなぜそんなことを思いついたのでしょうか。音楽史的には、あるときベートーベンが出現したのと同じように、コールマンの天才に帰しておけばよいのかもしれませんが、五〇年代の末にフリージャズが出現したことは、単なる音楽的な偶然ではないはずです。もはや常識の部類に属すと言ってよいかと思いますが、アメリカにおける公民権運動の高まりとフリージャズ運動の間には密接な関係があります。ミュージシャンたちは、コード進行からの解放を、黒人の人種的解放と自覚的に結びつけて考えていた。しかし、抑圧された人種や民族の解放という政治的な課題は、通常、文化にかんしては伝統の再発見に結びつきます。実際、そのような側面を黒人解放運動がもったことは周知の事実です。マルコムXは黒人にアフリカへの帰還を呼びかけた。ところがフリージャズ運動は、ジャズのなかにたしかにアフリカ的な要素を導入する試みを内部にもちはしたものの、あくまでフリーなジャズです。伝統音楽ではない。アート・アンサンブル・オブ・シカゴをアフリカ人が聞いても、自分たちの音楽とは思わないでしょう。サン・ラーにしてもそうでしょう。フリージャズ運動を公民権運動によって説明することは、背景説明以上の域を出ません。社会史的に間違っていないけれども、音楽的にはたいして意味がない。公民権運動の音楽はなにより、We shall over comeなのですから。


ではどういう音楽的な関係をフリージャズと公民権運動の間に認めればよいのか。私はそれを、フリージャズの時間性に見いだしています。ゼロから時間を組み立てなおす、とは実のところ、非常に社会的な経験です。日常生活のなかでは、個人はそんなことは思いつきもしない、まさに想定外のことがらです。しかし、生活のなかで音楽における小節構成に相当するものが崩れるときはあります。個人にとっては大事故や肉親を失くしたときなどでしょう。そのとき、私たちはいわば時間の蝶番が外れる経験をする。シェークスピアがハムレットに言わせているTime is out of jointの経験です。前後の流れから切断されて、進行しているのかいないのか分からない、過去も未来も現在もない時間を、私たちは個人史において体験することがたしかにあります。しかし、それはやがて、まさに個人的に「乗り越えられて」いきます。私たちはそういう「時」を脱して、やがて日常生活に帰っていく。おなじTime is out of jointの経験を、人間は社会的にも経験することがあるはずです。「3・11」後の今の日本において、私たちはひょっとするとそうした経験をしているのかもしれません。しかし歴史を振り返れば、個人ではなく社会が主体となるそうした経験には、はっきりした一つの名前が与えられています。革命です。災害ではなく、革命。


革命とはどういう時間経験でしょうか。一つの時代が終り、別の時代がはじまる「時」です。元々は天体の運行を表す言葉でした。星がぐるっと回ってまた元の場所に戻ってくる運動、一つの円が閉じられるのがrevolution。しかし、時間は春夏秋冬のように循環するだけでなく前へ進むのだ、という観念があるところでは、はじまりの点と終わりの点が一致する箇所は、時代をドラスティックに変化させる特権的な「時」です。円環を閉じるかわりに、前の線の終点と次の線の始点を兼ね備えた点になる。災害はたいていの場合、円の時間のなかの切れ目として体験されますが、革命はあくまで直線を切断します。そこから新しい時代、もはや以前には後戻りすることがない時代がはじまる。






公民権運動は、社会運動としては体制の転覆を目指す革命運動ではありませんでした。キング牧師は、その有名な演説にあるとおり、黒人と白人が公園で一緒のベンチに座っていることを夢みたのであって、白人を公園から追い出そう、などとは考えなかった。マルコムXやブラックパンサーのように、一種の政治革命として黒人解放を捉えた人たちは存在しました。しかし、彼らが考えたような政治革命は成功しなかった。そもそも政治革命としては、なにをもって成功と呼ぶのかがはっきりしていなかったと言うべきかもしれません。アフリカに帰って新しい国を作るのであれば、アメリカを白人に明け渡すことですから、アメリカにとっては革命でもなんでもない。そしてブラックパンサーは、私たちが今問題にしている五〇年代末から六〇年代前半にかけては、まだ登場していません。


しかし、黒人解放運動は最初から、黒人にとってはあくまで革命運動であるところをもっていたはずです。自分たちの生活が以前とはまったく異なる地平に移行することを目指したのですから。政治的な獲得目標がどこに置かれていようといまいと、黒人解放運動は、白人が支配する体制と闘うことで、自分たちの歴史に切断をもち込もうとした。ただその一点においてのみであっても、それは革命運動と呼びうる質をもっていました。具体的ななにかが改善されるだけではなく、アメリカにおける黒人の歴史がそれを境に変わったと言えるようなところをもたなければ、公民権運動は黒人にとって解放運動としての意味をもたなかったはずです。


私がここで問題にしたいのは、革命のただなかにおける時間経験です。時間経験としての革命と言い換えてもいい。切断の結果としての、新しい時代はいつはじまるのでしょうか。革命が終わったときなのか、はじまったときなのか。同じように、古い時代はいつ終わるのでしょうか。革命がはじまったときなのか、それとも終わったときなのか。これは答えようがない問いのはずです。そもそも、ただ客観的に見ようとしたときには、革命はほんとうに時代を変えたと言えるのかあやしいところをつねにもっています。王の首をはねたフランス革命でさえ、あんな騒擾はパリという限られた都市に現れた表層的な事件にすぎず、革命と呼べるようなものではなかったという主張があります。革命はその存在そのものが疑わしい出来事であり、それがいつはじまり、終わったのか、どの時点、何月何日がメルクマールなのか、けっして確定できないのです。だから、古い時代の終わりと新しい時代のはじまりもまた確定できない。革命はつまり、そのただなかにおいて、過去と現在と未来が順序関係を失う出来事であると言うべきでしょう。そのなかでは、人々は未来を先取りしながら、つまり未来を現在の地点と積極的に混同しながら、まだ終わらない過去と闘う。もっと古い過去、現在とは完全に切れた過去をもちだして、今につながる近い過去を断罪することもする。過去がまだ終わっていない、過去になっていないのに、未来はもうここにある、それが革命という時間経験です。革命は歴史の切断点であるのに、その瞬間のなかに、名前の由来となった回転する時間の性格を閉じ込めています。終わりとはじまりが交差し、癒着するわけです。


そのような意味における時間のゼロ地点を、フリージャズは音楽のなかにもち込んだのではないでしょうか。というか、小節構成も定型リズムも調性ももたず、聴き取りうる反復構造を備えていなければ、音楽は「革命」的なものにならざるをえない。革命のようにならざるをえない。アンサンブルの内部においては、反応という現象は起きているでしょう。というか、即興のほとんどは反応からできているかもしれない。私というパフォーマーは、つねに誰かの音に反応して自分の音を出している。けれども、ではそのとき、誰かの音が別の誰かの音よりも早い、先である、ということになにか意味があるでしょうか。私が反応した音は、それ自体、私が出した音への反応であったからです。この反応の連鎖を辿っていくと、時間は過去のほうに進んで行きます。しかし反応することで、時間は前に進んでいる。これはソロ演奏でも同じことのはずです。私は自分の演奏を聞きながら、つまり自分の音に反応して次の音を出している。次の音を出すときには、私は過去のほうを向きながら出している。けれども私がこれから出そうとする音が、いちばん早く未来に到達する。この前後関係を意識などしていたら、演奏は止まってしまうはずです。過去が終わらないうちに未来を手繰り寄せることを続けていなければ、演奏は持続しない。即興を続けるとは、早い‐遅いの関係を無化する時間を持続させることです。革命も同じです。革命は歴史の先頭に立って未来を手繰り寄せようとしながらも、その渦中ではみなが革命に遅れまいと必死になっている。つまり当事者全員が、遅れを自覚しつつ置いてきぼりをくわないよう必死になっている。


私は、ある演者から、パフォーマンスが終わったあとに、こういう感想を聞いたことがあります。ちなみに彼は音楽家ではありませんが、まさに即興の人であります。彼は共演した人について、こう言い捨てました。「いちいち反応するなよ、やりにくくて仕方がない。」共演者に面と向かって言ったわけではありません。そしてこう付け加えました。「反応なんかしていたら、遅れる。」また、別の演者からこういう感想を聞いたこともあります。「あんな独我論的な人とは一緒にやってられない。」何の反応もしない自己満足的な、という意味でしょう。これもその共演者に面と向かって言ったことではありません。実を申せば、この二人の感想は一つの同じパフォーマンスについてのものです。つまり二人は共演していました。しかしパフォーマンスはぜんぶで四人で行われ、二人の感想はお互いに対してのものではなく、さらに二人の不満はそれぞれ別の人に向けられていました。私としては残りの二人の感想も聞いてみたかったのですが、その機会は訪れませんでした。そして私も、あの人はこう言っていたよ、とは四人の誰にも喋っていません。告げ口の悪趣味をもっていないからではなく、私には二人は同じことを言っているように思えたからです。集団即興では、たえず反応していなければならないのと同時に、けっして反応していてはならない。この矛盾を無化することが、即興であろう。私には二人ともそう言っているように聞こえました。


フリージャズと公民権運動の関係に話を戻しましょう。一九六四年に、その名も「ジャズ一〇月革命」というイベントが催されています。セシル・テイラー、アーチー・シェップ、ポール・ブレイといったフリージャズ運動の担い手たちが参加しています。公民権運動のほうでは、六二年にマルコムXが暗殺され、六三年にはバーミングハム運動、ワシントン大行進が立て続けにあった。つまり暴力的な要素を抱え込み、また抑え込みながら、運動がどんどん昂揚していたころです。そのただなかで「ジャズ一〇月革命」は催された。「一〇月革命」と言えば、誰でもまず一九一七年のロシア革命を思い浮かべる。この歴史的出来事に相当するものとして、イベントが開催されたことは間違いないでしょう。また、その名を名乗ったことにより、今アメリカで起きていることは革命である、と外部に向かって表明する意志もあったはずです。そういうイベントが開催されたこと自体が、黒人解放運動がもっていた革命運動としての質の表現であった、と考えてもいいのではないでしょうか。逆に、フリージャズが革命として自己主張したことにより、黒人解放運動の革命性を感じとった人々もいたはずです。とにかく、音楽における革命と街頭における革命がお互いを表現しあうような関係が、六〇年代のアメリカにあったことは確かだと思います。当事者たちは、社会的にも音楽的にも、まさに同じ「時間」を過ごしていた。


だからではないでしょうか。六八年の世界的叛乱の波に乗るようにして、フリージャズが世界中に拡大していったのは。






ジャズというアメリカ的ルーツを引きずる観念を脱ぎ捨て、フリー・インプロヴィゼーションにそれが成長しえたのは、革命の時間性が世界的に共有されていたから、遍在していたからのように思えてなりません。


私たちはここでようやく、今日のタイトルにある「リトゥルネロ」と「平等」の話に入っていくことができます。引っ張って申し訳ありませんでした。しかし即興パフォーマンスとこの二つのテーマを合わせて論じようとすると、私としてはどうしても、いわば二つの概念に共通する起源や土俵のようなものを確認しておく必要を感じました。それが革命に特有の時間性であるわけです。


即興パフォーマンスを現に実践しておられる方々は、ここまでの話を聞いて思われたはずです。なるほど、そういう体験であるかもしれない。その通りかもしれない。私はたしかに自分のパフォーマンスのなかで、過去と現在と未来を不断に入れ替え、不分明にしているであろう。しかし、そんなことを確認して、どうやって実際にパフォーマンスをはじめるのか。どうやって、即興を続けることができるのか。そういう疑問は当然です。そもそも革命はいつか終るものですし、渦中にあるときにはあれこれ考えているヒマなどない。そんなことをすれば、たちまち身動きとれなくなる。集団即興もそうでしょう。人の演奏をよく聞こうなんて思ってしまうと、入っていけなくなります。そういう立ち往生をする演奏者がいて、客のこちらがいらぬ緊張感を強いられた舞台を見たこともあります。お前は置物か、金を返せと言いたくなりました。渦中というのはそうしたものでしょう。だから人は、終ってから、いったいどうすればいいのかとあれこれ考えはじめる。終ると、考えざるをえない。こういう席で申し上げるのは非常に恐縮ではあるのですが、音楽即興学会という集まりが成立すること自体、フリージャズ革命はほんとうに終ったのだな、と私には一面さびしく思えてしまいます。しかしもちろん、終ったから、こうやって考える、話をすることができるし、それには固有の意味があるのだろうとは思います。 なにを考えるのでしょうか。ことが革命であるとしたら、考えることは基本的に二つしかありません。どうやって火をつけるか。つまりはじめるか。そして、はじまったものをどうやって持続させ、成長させるか。私は専門分野としては、「フランス現代思想」と言っておけばとおりのよいものを研究していることになっているのですが、私が関心をもっている思想家たちの仕事は、ロシア革命や中国革命、さらには六八年五月の革命を念頭に置きつつ、これら二つの問題を軸に整理しなおせる面をもっていると考えています。それぐらい「フランス現代思想」にとって革命の問題は大きいし、またそれを問題にしているとみなせば、それぞれの視点や立場の違いもよく見えてくる、と。一種の暴論なのですが、作業仮説ぐらいにはなってくれます。


ご存知の方も多いでしょうが、リトゥルネロとはドゥルーズとガタリが彼らの共著、『千のプラトー』に導入した音楽用語です。つまり音楽用語を、哲学の議論に導入した。「リトゥルネロ」と題された章では、その他メロディやリズムといった音楽の用語をもちいて人間の生態学(エソロジー)にかんする哲学的議論が展開されると同時に、音楽とその発生、さらに音楽史が哲学的に論じられる。そこでの哲学の議論とは、ほとんど私たちが生きる世界の生成そのものの記述ですから、世界と音楽が一体のものとして論じられると言ってよいでしょう。ドゥルーズは音楽についてそれほど強い趣味をもたなかったようですが、ガタリは相当な愛好家であったようです。音楽の全体をリトゥルネロという現象ないし概念から出発して再構成するというアイデアも、ガタリのものであったらしい。世界を音楽の生成と重ね合わせて論じる、という発想も。音楽=世界、世界=音楽、それが『千のプラトー』第一一章の基本的発想です。この発想自体は、実のところ彼らに独自のものというわけではなく、哲学や文学の歴史のなかでは色々な先駆をもっています。それをひも解いてみることはなかなか面白いのですが、ここで強調しておきたいのは、音楽=世界という物の見方は、私たちがこれまで見てきた、フリージャズと黒人解放運動の関係と同型だということです。フリージャズの「フリー」が黒人の「フリーダム」と単に空想的に重ねあわされていたのではなく、運動の革命的な質が体験させる時間構造における「フリーダム」が、そのまま音楽のなかにもち込まれているということを、私たちは見てきました。これもまた、音楽=世界というヴィジョンの一つのあり方でしょう。しかし強調しておきたいのは、ヨーロッパ世界において音楽=世界というヴィジョンを展開してきたのは、ドゥルーズ=ガタリを含め、主として「文字の人」たちであったのに対し、アメリカではそうしたいわば「インテリ」の介在を経ることなく、音楽家たちが直接、音楽と世界を結び付けたということです。それも両方の「革命」として。もちろん、アメリカにもナット・ヘントフのような、フリージャズ運動を擁護した評論家は存在しました。けれども、世界とは音楽なり、というような哲学なり世界観を理論的に全面展開した人はアメリカにはいないのではないでしょうか。ジョン・ケージはそんな一人かもしれませんが、彼は音楽家であって、作家ではない。


いわば一九世紀ヨーロッパが思想的・言語的に表明した「音楽=世界」という主題を、アメリカは一九六〇年代に音楽的に展開したわけです。その点では『千のプラトー』の「リトゥルネロ」の章は、深くヨーロッパ的だと言っていい。実際、そこにはフリージャズはおろか、フリーミュージック一般のインパクトはほぼ認められませんし、ドゥルーズ=ガタリから直接影響を受けた音楽家と言えば、まず思い浮かぶのは「プログレ」のリシャール・ピナスであり、現代音楽のパスカル・クリットンです。いわゆるドゥルージアンの哲学者のなかには、俺はフリーミュージックのフリークだと豪語する人もいるのですが、即興音楽そのものへの影響はほとんどない、と言っていいかと思います。


私はそれがゆえなきことではない、と考えています。というのも、これはドゥルーズのほうを注視するとよく分かるのですが、彼は革命を特別視することをやめてしまうからです。私たちはここでの話では、革命を特別な「時間」として、特別な構造をもった時間経験として定義してきました。そこでは過去と現在と未来が、時間の蝶番を外れて併存してしまう。私たちが日常を生きているときには、様々なスケールの時間が共存しているとはいえ、それらは過去と現在と未来の順序構造によって全体がうまく整えられている。たとえば学生時代の四年間という現在のなかには、誰某と恋愛していた過去や、就職活動をしているはずの来年の数カ月が、区分として収蔵されている。現在が色んな幅を取ることにより、その前としての過去とその後としての未来も、膨張したり収縮したりしながら、しかし順序構造を






壊すことなく、私が生きる現在という一つの時間を構成しています。革命の時間、革命という時間は、それに対し、はじまらない未来が終わらない過去よりも前に来てしまう時間であるわけです。順序に従って前進するのではなく、過去と現在と未来が共存しながら、その共存が持続する、それが革命という時間です。ドゥルーズは言うなれば、そうした特質をもった時間は革命だけではないだろう、と考える。彼は、それは革命というより出来事一般の時間ではないのか、と拡張して考えるのです。個人の生にある種の切断をもたらす出来事も、社会の歴史を切断する革命という出来事も、同じ時間構造をもっている、と。さらに、これは彼自身が提出している例ですが、ピラミッドが何千年も不動のまま同じところに立っているということも、それ自体出来事として見ることができるのではないか。実際、ピラミッドの現在のなかには、ツタンカーメンが生きていた過去と、私たちが死んだ後も立ち続けているであろう未来が、まさに同時に、順序なく共存しています。出来事としてのピラミッドとは、過去と現在と未来の共存の持続です。こうやって拡張していくと、世界には出来事の時間しかない、と言うことができる。時計によって測られる時間のほうが便宜的な時間であって、出来事の時間のほうが世界の時間としては真実の時間ではないのか、とさえ思えてくる。ドゥルーズはそういう方向に、彼の思考を進めるのです。つまり、私たちの文脈に即して言い換えると、革命の時間を日常生活の時間とそっくり置き換えてしまう。革命だけからなる生の時間を考える、と言ってもいいでしょう。


そうすると、いかに革命を持続させるか、はじまった革命をいかに成長させるかという問題は、そっくりそのまま問題として引き受けることができます。生の哲学が革命の哲学を吸収するわけですから。革命の政治過程は、生の生態学的過程として解釈しなおされることになります。しかし同時に、いかにして革命をはじめるか、革命的な出来事に火を付けるかという問題は、問題としては消えてしまうことになる。すべては生態学的過程のなかにすでに「ある」こととして、つまり革命はすでに「はじまっている」こととして分析され、それをことさらに「はじめる」という問題は偽の問題だということになる。


たしかに、「音楽=世界」だと考えてやると、音楽のはじまりを通して世界のはじまり、世界そのものとなった革命のはじまりを考えることはできます。リトゥルネロとは、実際、そんなはじまりです。『千のプラトー』の問題の章の冒頭部分を読んでみましょう。


暗闇に子供がひとり。恐くても、歌をうたえば安心だ。歌のままに、彼は歩き、立ち止まる。道に迷っても、歌を口ずさめば、それなりに盾になってくれるし、どうにかこうにか道案内もしてくれる。歌とは、いわば静かで安定した中心の前ぶれであり、カオスの只中に安定や静けさをもたらすものだ。子供は歌うと同時にスキップするかもしれず、歩みを速めたり遅くしたりするかもしれない。しかし、歌それ自体がすでにジャンプなのだ。歌はカオスから跳び出して、カオスのなかに秩序のはじまりを置くが、それはいつまたばらけてもおかしくない。アリアドネの糸はつねにひとつの音色をもっている。あるいは、それがオルペウスの歌なのかもしれない。


子どもが歌を口ずさむこと、自分が発した歌を暗闇に響かせ、それを自分で聞く、自分の耳に回帰させることにより、そのリトゥルネロが彼の領土となり、カオスから世界として浮かび上がる。そんなふうにして、ドゥルーズ=ガタリは「音楽=世界」の生成と展開を論じていきます。リトゥルネロはいわば、世界のはじまり以前のカオスに向かって放たれる、最初の一撃です。したがって、時間のはじまりでもあるわけですから、音のこのループ、リフレインのなかには過去と現在と未来がすべてつまっている。リトゥルネロは時間の卵です。リトゥルネロはそうしたものとして、時間の最小単位であり、その運動から世界が生成されてくる最小回路、ジェネレーターです。要するにドゥルーズ=ガタリは、世界のはじまりは一つの「差異と反復」だと言っている。メロディを構成する音の高低差、そして一個の音は、音波としてすでに反復を含んでいることは指摘するまでもなく、おまけにこの最初のフレーズは繰り返されることでリトゥルネロというまとまり、反復されるユニットになる。


けれども、こうしたはじまりは、いわば絶えず生起しているはじまりでしょう。宇宙を発生させたビッグバンのことではない。いつだって、暗闇で一人、歌を口ずさみはじめる子どもはいる。即興パフォーマンスは、いつだって、このようにしてはじまるし、最後まで一つのはじまりに止まろうとしているとさえ言えるかもしれない。即興パフォーマンスは、それ自体が一個のリトゥルネロであるかもしれない。即興を実践している人には、すんなりと受け入れられる認識だと思います。だからこそ、リトゥルネロにかんするドゥルーズ=ガタリの記述から特に影響を受けた即興パフォーマンスというものを考えにくいのです。即興はそこでいわば、まるごと擁護されている。しかし「まるごと」であるから、特にそれぞれの即興に対しなんらかの指針を与えているわけではありません。即興はリトゥルネロとして、リトゥルネロは即興として、ただそこの「ある」とだけドゥルーズ=ガタリは告げる。それゆえ彼らは革命とは縁遠い、と言いたいわけではありません。逆に、革命を前にした革命家はしばしば同じような態度を取らざるをえないものです。革命はそこに「ある」のだ、誰かが号令をかけて「はじめる」ようなものではないのだ、と、革命家だからこそ強調する。そんな一人である、ローザ・ルクセンブルクの言葉を引いておきます。


ベルリンの秩序は維持されている! ほざくがよい、鈍感な権力の手先どもよ! おまえたちの「秩序」は砂の上の楼閣だ。あすにも革命は「物の具の音をとどろかせてふたたび立ちあがり」、トランペットを吹きならして、おまえたちの驚愕をしりめに、こう告げるだろう――わたしはかつて在り、いまも在り、いつまでも在る!


彼女はまたこうも言っています。


不意に号砲一発、ある晴れた日に党の一片の指令がくだって「作られる」大衆スト、などというのは、もとより子供っぽい夢想にすぎず、アナーキストの妄想にすぎない。


ドゥルーズも「人が革命的になることを押し止めることはできない」と書いていますし、また、そう書くに止めています。ここでは、「人が即興をはじめることを押し止めることはできない」と読めばいいでしょうか。『千のプラトー』の「リトゥルネロ」という章は、一つの即興音楽として世界の生成を記述する試みである、と把握しておけばよいのだと思います。そしてそのようにして読めば、つまりこの書物もまた即興である世界の一部をなす即興パフォーマンスの一例であると受け取れば、オーネット・コールマンのアルバムに耳を傾けるのと同じように、「リトゥルネロ」という章を「使える」はずです。即興パフォーマーであるならば。実際、即興パフォーマンスを生態学的なプロセスとみなしてみることは、非常に実践的な参考になるのではないでしょうか。特に、聞き手の問題を導入するうえで。聞き手は、パフォーマーにとっては実は観客ではない。楽譜に定置することができ、いつでも再現可能な音楽の聞き手は、純粋に観客だと言っていいでしょうが、生態学的プロセスをこれから構成していく即興パフォーマーにとっては、彼らは観客である前に環境です。他人の音と同じように、環境を構成する一要因です。他の演者と観客の違いは、パフォーマンスが開始される時点では存在していません。こうしたことは、パフォーマーのほうでは実は肌で知っているはずなのですが、コンサートや舞台という形式が、しばしば環境の大半を決定してしまうというのが現状でしょう。私としては、即興パフォーマーの方々には、ぜひともこの環境を色々と自ら選んでほしいと願っています。環境を含めて、どう即興をはじめるか、






どう「場」そのものを変化させていくかを、ぜひ追求していただきたい。究極的には、街頭に出ていただきたい。そうすれば、警察も飛んでくるでしょうから、いやがおうでも、即興パフォーマーは「革命的」にならざるをえません。


しかしやはり、生のあらゆる瞬間が革命的になりえる、新しいはじまりになりえると言われても、革命家も即興パフォーマーも困るしかないでしょう。それに、ロシア一〇月革命とジャズ一〇月革命はいったいなんだったのか、ということにもなる。世界とは出来事の総体であるとすれば、また人間の生とはそれ自体で革命的であるとすれば、特に特権的に革命的な出来事などない、とも言えてしまうからです。フランス現代思想のなかにおいて、とりわけ六八年五月の革命の後では、これは次第に大きな潜在的争点になっていきます。六八年には、一つのスローガンのように、「すべては政治的である」ということが言われました。大学における教師と学生の関係も、家族内の人間関係も、すべては抑圧的な権力関係をはらんでいて告発の対象になりえる、というような意味においてです。しかし、そのようにしてあらゆるところに政治問題をもち込んだ五月の出来事は、夏休みに入ると波が引くように終った。もちろん、終ったのは表面的な騒乱現象だけで、社会のいたるところに六八年的な問題意識が浸透していくアフターマスが新たにはじまるのですが、その浸透力を生んだ爆発的な一撃は文字通り一撃でした。だとすれば、そのような特別の瞬間だけを出来事や政治と考える必然性もやはりあるのではないか、と考える人が出てきても当然でしょう。「すべては政治的である」などと叫んで実践的には途方に暮れるより、予期せぬ出来事の生起にちょっと別のこだわり方をしてもいいのではないか、と。ドゥルーズの哲学においても、出来事は予期せぬ出会いからはじまる。それならやはり、転換点としての出会いや出来事を注視したほうがよいのではと考えても不思議ではないわけです。実際、六八年は起きるはずがなかった、という面をもっています。これは日本の六八年でも同じことなのですが、景気が悪いわけでも、したがって若年失業率が特に高いわけでもなく、暴れたのは主として学生です。だから革命の本隊、主力部隊は労働者であると考える伝統的な左翼の予想はまったく外れた。革命的な出来事が起きる必然性のようなものを探してもあまり益がないでしょう。もちろん、ベトナム戦争という世界史的な出来事がアジアで起きていたことは確かですが、他所の国の戦争のため若者が自国で騒ぐのは、少なくとも必然的なことではない。予測不可能で滅多に起きず、そうであるから時代を転換させる力をもつのが出来事である、と言えそうです。


とにかく、すべては出来事であると考えるのではなく、出来事はまれにしか起きない、と考える方向に歩みを進めた人たちが、フランス現代思想のなかにはいます。そして彼らは、いわゆるドゥルーズ派とはずっと距離を置き続けています。ここでのタイトルに選んだ「平等」の概念を哲学的に考え直しているランシエールという人は、そんな一人です。彼の言う「平等」もしたがって、自由‐平等‐博愛というフランス革命の理念や、民主主義制度の話とはずいぶん趣を異にしています。ここでの文脈に即して乱暴に要約すれば、まれなものである出来事をどうやって生起させるのかに、彼の「平等」はかかわっている。つまり「平等」は方法として構想されているのです。いかにして革命をはじめるのか、という方法です。


「平等」は一般的には、もちろん革命の目的です。人間を不正や抑圧から解放し、人間に根源的自由を与える革命が成就した後に訪れると期待されている状態です。つまり「平等」は人間の政治的な究極目標、究極の未来の別名である、と私たちは通常みなしている。方法としての「平等」というランシエールの考え方を一言で要約すれば、そういう見方を逆転させて、「平等」から出発しよう、「平等」をすでにある事実や前提、つまり過去中の過去かつ現在であるところから出発しよう、というものです。いわば、革命はすでに成就されている、とみなすわけです。では革命はもはややるまでもない愚挙であるということになるのか。誰もがみなすでに平等であるとすれば、わざわざ解放を目指す必要などない、ということにならないか。そうなってもかまわないのですが、というか、それならそれで、どうして人は未来に希望を託すようなことをいまだにしているのか、なぜ現在の状態を私と他人がすでに平等である状態とみなせていないのか、という話になります。私たちが毎日抱く不平等感はどこから来ていて、なぜ払拭されないのか。本来必要ない政治的な革命を、どうして人々はときどき必要になってしまうのか。どうして私たちは、自分たちが平等ではないなどというフィクションを信じ、平等を未来に追いやっているのか。平等が事実であれば、このフィクションは払拭されてしかるべきでしょう。やはり革命は必要であるということになる。事実である平等は、過去に依拠して未来から現在になお到来しなければなりません。我々は平等であったのだ、だからこれから平等にならなければならない――これが平等の時間です。


つまり「平等」を考えるランシエールもまた、過去‐現在‐未来の順序を混乱させています。「平等」を三つの時間の共存だと考えている。革命に特有の時間を「平等」にそくして、「平等」のなかで考えています。未来は現在の次に来る時間であることを止めて、過去から現在に至る時間へと変換されている。そしてその変換は、これから実現していくべき作業です。私たちが、いわゆる政治的な革命と即興音楽とドゥルーズ=ガタリの「リトゥルネロ」に認めたのと同じ時間性をランシエールもまた演出しているわけです。しかし彼の考え方のポイントは、この「演出する」ということにあります。平等を未来の平等と現在の平等の間で争わせるわけですが、争いが生じるようわざわざ同じ観念であるところの「平等」を選んでいるのです。「平等」を二つに分割している、と言ってもいい。フィクションとしての平等と現実としての平等。不平等な現状に不満のない人は、平等などフィクションだと考える。しかし平等が現実であれば、不平等のほうがフィクションになる。すると、フィクションだから払拭しようと考える人と、フィクションなのだから、放置しておけばいいと考える人が分裂する。不平等はフィクションだから放置しておけばいいという人は、しかし、平等が現実だと認めることになるから、不平等を告発する人と自分の平等を承認しなくてはならない。結局、不平等な現状は不平等であっていい、不平等が正しい、平等は幻想だと考える人以外は、平等をめぐって争わなくてはいけないのです。しかし不平等が正しい、とおおっぴらに述べて、他人の同意を取り付けることはできないでしょう。同じ土俵で、ものごとを共同の利益のために管理しよう、などとはもはや言えないでしょう。私とあなたは不平等であることが正しいなどと言ってしまうと、なんの見返りもなしに、私の手下になってくれ、私の言うことを聞け、と頼んでいるようなものですから。誰かの言うことに従へという理屈は、そうしたほうがあなたのためによいという理屈を裏側にもっているはずです。つまりもちつもたれつの平等を前提にしている。それなしに、ただアプリオリに従えという命令は、誰にも受け入れてもらえないはずです。だからそのときにもやはり争いがはじまる。


こういう、言ってみれば無限の争いを、平等の二分割は生じさせます。人々は平等であるということから






出発すると、平等は平和どころか争いの種になってしまう。平等は遠い未来の理想にしておきましょう、と言っている間は、現状に対する不満の濃淡は争いとして表面化しないですむかもしれませんが、平等から出発するとそうは行かないわけです。というか、平等という観念を政治についての二つのロジックが出会い、衝突する舞台として、あるいは二つのロジックを出会わせ、衝突させる装置として、ランシエールは使っているのです。一つは人間の集団を共同体とその合意に組織しようとするロジックです。同意を取り付けながら他人を支配しようとするロジック。もう一つは、任意の人間はつねに任意の他の人間と平等であるという前提的事実を、その都度確認しようとするロジックです。私たちはふつう、その二つを同じだと思っている。全員が平等であることを前提に、人間の共同体は合意にもとづいて組織されていると考えている。しかし平等から出発するという姿勢を厳格に貫こうとすれば、別のものになってしまう、なってしまわざるをえない、というところに、ランシエールの考え方というか目論見のポイントはあります。


彼がそのように考えるにいたった重要な契機は、ジョゼフ・ジャコトという一九世紀のある田舎教師の実践に触れたことでした。詳しくは、ランシエールが彼について書いた『無知な先生』という書物を参照いただきたいのですが(最近、翻訳されています)、そこでは要するに、平等から出発するということが解放つまり革命の方法の問題として、縦横に論じられています。共同体を構成する原理としてではなく、既存のそれを破壊する方法として、です。ジャコトの実践は、どこにも複雑なところがない、きわめて単純なものです。彼は、フラマン語という彼にとっての外国語しか解さない生徒たちに、当のフラマン語をまったく知らないままフランス語を教えるという場面に立たされた。つまりフラマン語を使ってフランス語を教える、フランス語の文法をフラマン語で説明することができないという状況です。それで彼は、仕方がないので、フランス語とフラマン語の対訳本を一冊、生徒たちに与えた。そのときだけは通訳の助けを借りて、両方を比べて自分で勉強しなさい、と指示をして。指示はもう一つありました。何が書いてあったか、あとでフランス語で私に言ってください。そのように指示をして、あとで実際にフランス語で会話をする授業をジャコトははじめた。そうしたら、生徒たちは次第にフランス語ができるようになったというのです。たったそれだけの指示で、正しい文法でジャコトと会話できるようになったそうです。


彼はこの経験を一般化して、「普遍教育」という考え方を提唱します。生徒たちと私の間には、知性の平等があらかじめ存在した。それが存在したから、フランス語の習得に「説明」は不要であった。「説明」という事態は教える者と教えられる者の間に知性の不平等を前提するけれども、そんな前提を外しても、十分に教育は可能であった。それは知性が普遍的に平等に存在しているからである。こうジャコトは考えたわけです。彼の考え方を取り入れているかどうかは別にして、複数の異なる母語をもつ生徒を一緒の教室に集めて一つの言語を教える、という外国語教育は、今日ではごく普通に行われているでしょう。移民の多い国では当たり前の授業風景ですし、日本にある日本語学校でも同じように、日本語で日本語を教えているはずです。知性は言語とは別であって、普遍的に平等であると想定しなければ、そういう試みはできないでしょう。ジャコトがある意味で凄まじいのは、知性が普遍的であれば「説明」なしの教育が可能である、ということを、さらにもう一歩進めて、説明などするからいつまでたっても生徒は生徒のままで教師に従属するのだ、教育から一切の説明を排除せよ、と主張するところにまで至った点です。説明を排除する教育、それが彼の言う「普遍教育」という方法です。誰でもラシーヌのような詩を書くことができる、バッハのように作曲ができる、という前提で、かつそうできるための「説明」をしないで、ひたすらラシーヌの詩やバッハの曲に生徒を向き合わせるべし、というものです。ラシーヌが自分の詩を必死に推敲したのも、自分の詩の美しさを普遍的に、つまり誰にでも理解させるためでしょう。つまりラシーヌも、詩を理解する普遍的能力を想定していたことになる。それを引き出せばよいではないか、そこに「説明」は不要ではないか、というのがジャコトの思想です。


もちろん現実の教育としては、これは相当にきつい作業を、教える側にも教えられる側にも強いるはずです。できるかどうかも危うい。失敗も多々あるでしょう。それでも可能であるはずですし、現にあらゆる芸術は多かれ少なかれそうやって教育されているのではないでしょうか。そして、即興の実践は、そんな教育の筆頭をなす事例のはずです。即興家たる私は、同じ即興家たるあなたのなかに、私と同じ能力を想定せずに、信用せずに、即興をはじめることなどできない。おまけにいかなる「説明」もともなわないのが即興です。このように演奏せよという「説明」はまったくない。即興とはむしろ、「説明」を排する大いなる方法でしょう。実際、ランシエールは普遍教育を即興になぞらえています。


即興は我々の知性の第一の徳質の行使である。詩人としての質だ。(…)即興を実行することにより、人間は知り、自分が理性的存在であるということを確認する。(…)我々の知性の徳質は知ることより、行うことだ。「知るとはなんでもない。行うことがすべてだ。」


言うなれば、即興の方法を考える代わりに、即興を方法とせよ、と述べている。どうやってうまい即興パフォーマンスを行うかを考える代わりに、即興のできない者はいつまでたっても「先生」の位置を越えられないぞ、と主張している。越えられないまま、自分の下に「生徒」を作り出し、「先生の先生」、「生徒の生徒」という位階構造を再生産するだけだぞ、と。それでいいのか、と脅かしているわけです。狙いは明らかでしょう。「説明」のロジックと「即興」のロジックを、普遍知性という一つの共通の観念の土俵の上で衝突させることです。「説明」の究極目標は、生徒を普遍知性の高みに導くことであるはず。そこでは目標としての普遍知性が、教える‐教えられるという非対称な従属関係を正当化しています。普遍知性により近いとされる者が教師です。しかし「即興」はそんな近さや遠さがあっては「即興」にならず、そもそも普遍知性を前提とし、普遍知性によってなりたっている。共通の言語、共通の文法がなくても、会話はなりたつという信に基礎を置いている。究極目標の位置に遠ざけられているものを、今ここで確認する手段が「即興」です。この確認なしに、どうして「説明」すら受け入れられるのでしょうか。「説明」が正しいと判断できる根拠は、我々には「即興」ができるということではないのか。外国語を「無知な先生」から学ぶことができる能力を我々がそなえているから、我々は「説明」する先生の「説明」が正しいと思えるのではないか。こんなふうに、「即興」は常識としての支配と従属の関係のなかに争いをもち込むことができます。


そうすると、こうも言えるでしょうか。即興パフォーマンスにおいては、実は即興をやってみせること、観客に即興を提示することは問題ではない。






これだけうまく即興ができますよ、と誇示する姿勢は、即興がはらむ問題性なり可能性を理解していないことになります。ランシエール的な即興概念は、即興のうまいやり方を考えるところから、パフォーマーの関心を、いかに他人を即興に巻き込むか、というところへ移動させるはずです。うまい即興という観念を逆転させて、「うまい」と感じることのできるなにかを作るためには、即興からはじめなければならない、と主張している。即興から生れたものしか芸術ではないわけです。これも芸術という一つの観念をめぐる争いでしょう。丹念に設計されたものが作品であるのか、その場で瞬間的に生れたものが作品であるのか。もちろん正解などあるわけはないのですが、これが争いになることによって、うまさ、美しさは更新されていくはずです。つまりこの争いから「革命」ははじまる。正解がなくとも問いを争いにするために、即興はそれ自体としてうまくある前に、他人を即興に巻き込む作業でなければなりません。


これはソロで行われる即興を排除しているように聞こえるかもしれませんが、そんなことはありません。即興パフォーマーにとっての第一の他人は自分自身であるはずですから。そもそも自分の感覚や身体でさえ、「私」の統制下にはないから、人は訓練というものをするのですし、ランシエール的な即興概念がソロ・パフォーマーに教えることがあるとすれば、その他者としての私を即興に巻き込め、ということでしょう。即興に巻き込めるほど「私」なるものから切り離した「他人」として「私」を扱え、ということでしょう。いかに「私」を他人に明け渡すか、それは現実に他人がいてもいなくても同じように即興パフォーマーに課される課題のはずです。


しかしとにかく、即興はランシエールにとって方法になるわけですから、即興の方法という問題はそこからは消え去ります。そこではもはや、即興をはじめるのも持続させるのも即興だけだ、という以上のことは言えない。言う必要もない。即興をはじめるには、知性の普遍性を信じることだけで十分であり、それを信じれば、即興をはじめるしかない。そして即興が普遍知性のはじまりであり確認であり、それは終えてはいけないはじまりです。終えたときには、支配‐従属の関係がはじまってしまうのですから。普遍知性が否定されるのですから。


結論的に言えば、いかにしてはじめるかという問題と、いかにしてはじまったものを持続させるか、という問題は統合されないのです。ドゥルーズ=ガタリ的な立場からすれば、出来事としての即興はつねにすでにはじまっている。はじめるという問題が消えている。ランシエール的な立場からすれば、即興はたえずはじめるしかないものです。いくら持続しても、それははじまりが持続しているのであって、終えたとたんに別のよからぬものがはじまってしまう。なぜ統合されないかと言えば、そもそも即興が、この革命的な時間が、過去と現在と未来の非統合であるからではないでしょうか。はじまりとその次という順序をこそ、出来事の時間は否定するからではないでしょうか。考えるべきことがあるとすれば、なにが即興の実践を阻んでいるか、我々はなぜ楽譜を必要とする状態に隷属させられているか、だけでしょう。





【質疑応答】


●質問者: ご講演の中でご指名に預かったような気がしまして(笑)。それは、観客を環境と考えて、自らそれを選べ、街頭に出なさい、というのが。ちょうど昨日、ラウンドテーブルで話題にしました無音ストリート、というのを私がやっていまして、そこに楽器を置いています。音を出さないで街頭で演奏しています。ワイヤレスヘッドホンできいていただく、というもので、もう200回以上やっています。昨日、問いを立てたものが、即興行為の目指すものの一つは、状況への対応だろうと。ならば、きかれるとか、きかれない、という異なる状況にも対応すればいいのではないか。というのが、お話と一致しました。はい、単にそれだけの情報です。


●市田: 何かそれで変わったことはありますでしょうか? むしろ、そこがお聞きしたい。


●質問者: 観客が常に流動する状態で、ワイヤレスヘッドホンできかれそうかなと思えばきかれない、あるいは、きいてもすぐに行ってしまうとか、そういう状況の中で、演奏するということで、具体的は変わったところは言えませんけれども、それが非常に重要ではないかな、とは思っております。ありがとうございます。





●(次の)質問者: 即興を方法論とする、というお話があって。ジャズミュージシャンたちの世界や、フリーインプロヴァイザーの世界で、学校で、例えば、ハラさんとか、ロンドンの大学で即興を教えていらっしゃるんですけど、そうなると、フォーマルエデュケーションで即興をやるというのは、ちゃんちゃらおかしいことになる。


●市田: その場合のフォーマルというのは何なんでしょうか? 例えば、仮初めのフォーマルエデュケーションというのはありえると思います。


●質問者: 学校のようなフォームの中で行われるインフォーマルエデュケーションというのはあるということですね。


●市田: なぜ、私、実は今日原稿を読んだかというと、即興とは正反対のことをしようと思った。いつも自分の授業とか、本を書くときでも思うのですが、何か言えることがあれば言ってみろという、ちょっと挑発的な姿勢を持っているんです。


それを強いることが実は即興なんやと思うのです。あなたどうしますか、あなたどう言いますか、というね。


自分の中では、それを投げかける、例え1時間半かかってもそれをする、そのためだけにする。本1冊読んだら、あなたこれ、何を言う、というのを。


何を言うねん、何を言うつもりや、お前は、という位、思ってくれた方が、むしろ、ぼくの考える即興に近いのではないか。あなた何をいいっちゅうわけとね、位の方が。


ああ、そうだね、そうだね、ではね。私が即興というものに拘っているものとは違う感じがしているわけなんです。


話に関しては即興よりも、むしろ自分で楽譜(原稿)を書いて、何して、どうだ、というようなことの方が逆に即興に近づくためなんじゃないか。





●(次の)質問者: 今、お話に出てきた私がハラです。多分、私が考えている即興と、市田先生の考えてらっしゃる即興は違うので、恐らく先生が考えてらっしゃる即興は、もしかしたらフォーマルエデュケーションでは教えられないかもしれないと思うんですけど。というのは、先生はオーネット・コールマン以降を考えていらっしゃる。私なんかの場合は、2000年前からあるような、インド音楽なんかを含めていて、それは昔から師弟関係で教えられていたものだから。


●市田: つまり、音楽の発生を考えれば、全ての音楽は即興であったはずで、始まるところから始まって、いくらでもたどれると思うんですね。ここで言ったところの、ドゥルーズ的な立場だと思うんですよ。


●質問者: 例えば、自由であるとかも考えてないし、私の場合は。即興とは方法であって、しかも、作曲と連続しているものであって、師弟関係があったりなかったり、広いんで。だから、私の場合、フォーマルエデュケーションが成立するのかな、というような気がしました。


●質問者: ただ、市田先生が仰っているのは、ありとあらゆるインプロヴァイズに含まれている騒乱という部分、ノイズという部分、その成分のことについて言われているような気がする。あ、間違っていますか?


●市田: そうです。


●質問者: で、それは、ビル・エバンスの中にも騒乱がないと、面白みも何にもないインプロビゼーション、バークレー型、というと悪いなあ(笑) みたいなものになっちゃうみたいな、そういうことも含まれている。


●市田: 騒乱は何か、別に、でかい音が騒乱とは限らないわけでね。それは相対的なものしかないでしょう。何を持って騒乱と感じるか。でも騒乱的な瞬間には、何か共通の経験みたいなものはあると思うんです。


つまり、騒乱でなかった状態から騒乱への移行、騒乱の只中には、何か共通の経験みたいなものはあるんじゃないだろうか、とは思います。それだけのことなんですけどね。静かな音だって騒乱になりえると思う。あるいは音が途切れるということだって。実際、瞬間的に音がきこえなくなったら、身体感覚がちょっとおかしくなるというか、前後左右の感覚みたいなものが途切れるような経験があると思うんですけれども。そういうものを取り出してみたかった。





●(次の)質問者: 実際に即興演奏をやっているときに、始めたから始まるんじゃなくて、正に始まってくるときが実際に感じ取れることがあると思うんですけど、その始まりというのは、市田さんの仰る、始まりは常にあったという、さかのぼった始まりだと思うんですけど。それをいかにして始めるか、という方法論というものは即興自体が方法になってしまったときには、それをどうするか、というのは、実際のパフォーマーである、実践家としての私たちには、非常に興味のあるところだと思うのですが。それについては何も言ってくれない(笑)、非常に不満に思っています(笑)


●市田: そんなものあったら教えてもらいたいなあ。


●質問者: そういう瞬間がある、それがどういうものかというのはわかりますし、自分をどうやって自分の中の他者に明け渡すという経験も非常によくわかるし、しかし、それは経験的にしかできない。


●市田: でも、その経験を知りたい、という、感情としてあるんだということは、目的意識を持ってもいいんじゃないですか。


●質問者: それ自体を、ということですか。


●市田: そこがこなくては、やっても面白くないと思えるかどうか。そもそも、即興やる意味がないとかね。


●質問者: とすると、革命の時間性みたいなものは、まず自らの内にあるもの、というか、実際の他者は問題でない。


●市田: いや、実際の他者も問題なんじゃないですか。


●質問者: 環境ですか。


●市田: 私だって私にとっては環境かもしれない。病気なんかしたら、いきなり自分が他人になるでしょう。自分の体が。





●(次の)質問者: それに関わってですけど、騒乱というのと、ドゥルーズが言っている脱領土化っていうのは、わりとクローズなんでしょうか、さっき違うと仰ってたような。


●市田: 違うような感じがするんです。脱領域化、脱領土化というのは、むしろ、領土化の中で比較的目指されたりすることもあるわけで、こちら側に穴を掘ってみたいなね。ある種のテリトリーを持ったときに、常にそのテリトリーと違う方向に行こうとすることも、同時にその欲望は孕まれているんだ、というわけですから、そこがうまく衝突したときでないと、起こらない。


●質問者: わかるような気がします、それは。





●(次の)質問者: わたくし音楽療法士をしているもので、今、統合失調症の人と即興やっているんですけど、今、お話きいて、自分が質問しようとしているのか、コメントしようとしているのかわからないんですけれど。ちょうど一昨日、その統合失調症の方と即興セッションをして、先生が今仰った、知性の平等で、共通の文法がなくても可になるっていう、そういう体験というのは、やっぱり統合失調症って、ホントにわれわれの世界と全然違う次元です。全く予想もつかないところにいるんですけど、即興しているときだけは、一緒にいれるような気がしているんですね。


ただ、それはこちらの思い込みかどうか、わからないんですけど、今のお話を聞いていて、何かこれを元に自分が考えれそうなことがある気がして。コメントですね、ただの感想ですけど、はい。でも、すごくそこに神経症の人との即興とは全く違うものがある、ということが、統合失調症の人との即興で感じていることで。それがどういうように関連しているのかなあ、これをきっかけに、また勉強してみたいなあと思います。





●(次の)質問者: ぼく、多分、あまりアカデミックな人間じゃないのか、わかんないですけど、お話を一生懸命聞いて理解することができない部分があったんですけど。さっき、ユミさんが仰られた、先生が仰る即興と、ユミさんが仰る即興が違う面があるんじゃないか。そういうようなことを、けっこう1センテンス毎に思ってしまって、例えば、革命とか仰るときに、どの範囲の革命のことを言っているのか、と考えてしまうんですね。


そういうのは、けっこう哲学の本とか読んで、いつも思うんですけど、内容について、それがけっこう自明なことのように語られることが、哲学とか思想の分野はけっこう多いような気がするんですけど、それはなぜですか、という質問で。


●市田: いやー、そんなの、ぼく、よう答えられるかな(笑)


●(次の)質問者: ちょっと補足しますと、私も多分同じようなことを感じたんですけど、それは、前提が違うとき、そこで私なんか、止まっちゃうんですね。例えば、即興は自由でなければいけないみたいな。そうじゃないんじゃないの、と思えば、私もそこで考えが止まってしまって、それで、その後の論議がフォローできなくなる、ということがあって、それはきっと、哲学の世界というのは、そういう、前提をこうですから、とか言って、もうどんどん進んじゃって。


●市田: でもね、それは逆に違う前提をもっていれば、その前提を壊したいからこそ、そういうことをする、ということあるかもしれないですよ。自由っていうのは、当たり前のような言葉でしょう。わかっていると思っているわけで、いろんな言葉についてそうだと思うんですね。


一つ一つ実は定義しようと思うとそれは無理なんですよ。定義して腑分けして、それだとすると、一向に話が始まらないんですよ。共通の了解を作っていこうなんてことしようとすると。むしろ、共通の了解をもっていても、共通の了解はないかもしれんよ、というところまで、ぐーっと突き詰めていくことの方が、難しい、というか、哲学的な作業やと思うんです。


今日の話でいくと、争いにする。だって、簡単に一つの同じ言葉をしゃべったり、了解してしまったら、これは哲学にならない、というかな。


●質問者: みんなが言葉に対して同じイメージをもっているわけじゃない、ということですね。


●市田: それをわかるために、ロジカルに定義していきましょう。定義を1個1個与えていきましょう。なんかすると、何も始まらないと思います。


●質問者: それは、先ほど仰ったいたヨガの例に似てるなあ、と思って。説明しないみたいな。ぼくは、信じるか信じないのかな、ということだと思いました。お聞きしていて。先生の言葉を理解するかしないか、というんじゃなくて、信じるか信じないか、に近い。


●市田: (笑)


●質問者: という感想を持ちました。けっこう文章ってそういうものかもしれないです。でも、より多分、理解というイメージから遠かった、別に責めているわけではないんですけど。





●(次の)質問者: すごく、面白いご講演ありがとうございました。面白いと思いつつ、ついていけているのか、自分でも自信がないままに質問してしまうんですけれども。というのは、ぼく自身が、安易にドゥルーズの考えをアナロジーして、何かできないかな、みないな感じで考えたプレイヤーで、自滅したようなところがあって。


というのは、ぼく、すごい、やっぱり、お話聞いてわかったのは、哲学を元に、それを方法として、何か音楽できないか、と考えちゃったんで、そうじゃなくて、どうやってやるか、ということ自体が消え去ると言っているから、その考え自体が成り立たないんだな、ということが、自分で感じたのです。


そうとなると、われわれが即興をしようとするとき、どうしても、否が応にも、差異を作り出そうと考えてしまう。人と違うことをやろう、前と違うことをやろう、過去に出した音と違う音を出そう、というような。どうやって差異を作り出すかということを考えて、すごい表層的な意味での方法論ということを、やっちゃうんですけど。どうやった差異を生み出そうか、という考え方自体が無意味というか成り立たないということになってしまうんでしょうか。


●市田: ん、ん、ん、えっ、えっ、えっ、ちょっとわからなかった、最後のところ。


●質問者: どうやって即興しようかと考えたときに、ついつい、われわれはどうやって差異を見出そうと考えてしまうんですけど、そのどうやって差異を生み出そうか、という行為は無意味?


●市田: いやー、無意味だとは思わない。一般的な方法論に関しては、ぼくは何が無意味で、無意味でない、というふうに言えることは、自分ではもってないんですよ。だって、実践家はむしろみなさんなわけで、それは教えてもらいたい、何考えてるの、そのときに何を思うのか。事後的に振り返り。それを教えるような立場に、示すような立場に、ぼくは今いないと思って来ましたから、そこは。





●(次の)質問者: 私は単に感想なんですけど。先生の本を読ませていただいて、非常に面白くて、わかった気にはなる感じはするんですけど、わかってないかもしれないんですけど。これで何になるんだろう、というのが、何か茫洋としたような(笑) それは今回も感じまして。


●市田: それは、最後、そうしておきたいと思っているわけですから、しようがないんですよ、ぼくが(笑)


●質問者: これで、自分に何ができるのかなあと、逆に考えてしまう、という感じがありました。


●(次の)質問者: 昨日、佐々木敦さんのご講演がありまして、話されていることは全然違うことなんですけども、最後に持っていったところが、何かとても、似てるような感じました。お二人とも、即興は始まりのところ、いろんな論理を、何か、ゴージャスに進んでいったんですけども、即興行為については、もちろん、佐々木さんは謎であって触れないと。佐々木さん自身は、これから音楽の即興には多分関心を払わないだろう、ぐらいまで言われて。もっと即興の、一般的な、演劇とか、はたまた人生の、生活のこととかに、関心が向かうということを仰っていました。


この学会は実践する人が多いのですが、行為を扱っている。いろいろ実験して、試してみて、じゃあ、それをどう何かしていくのか、というは、すごい課題になっています。実践家の人は、そんなにいろいろ言葉を駆使できないですし、レポート位は書けるわけです。人がこう言ってたよとか、ツイッターでコメントを収集したとか。じゃあ、そこをどうやって、研究とかに結び付けていったらいいのか、皆目わからない、何かサジェスチョンとか。


●市田: えーと、どうなんでしょう。単なる外からの観察者として見ると、何で止めてしまうのかな、というのが、一番関心のあるところなんです。なんである種のジャンルとしてあった即興が廃れてるのか、形態が変わっていくのか、変わってきたのか。


しようがないと言えば、しようがない、流行と言えば流行、と言って一言で終わらせてしまっているときに、そこに何があったんだろうな、というのは、考えてみればいいんじゃないかな。どう続けるのか、という立て方すると同時に、なんであのときは、続かへんかったんやろうとか、なんでこっちに変わったんやろうかとか。


ぼく単に一ファンの経験として言えば、いつごろからフリーインプロヴィゼーションを、ちょっと、ん? と思って、あんまりきかなくなったのは、ある程度はっきりしていて、ジョン・ゾーンとかね、大友さんとか、宇波拓さんとかね、あの人たちが出てきたころから、ああ、自分の思っているものとは違うな、と思ったんですよ。変わっていくな、と、これは。これはぼくは多分付き合えへんやろうな、と思ったんですよ。


実際、あんまりきかなくなった、面白くなくなっていった。何か追求しているものが、違うような感じが気がして、悪い言い方すれば、典型的なポストモダン、みたいな感じがして、これはいいわ、と思ったんですね。


そういう、何か変わっていくときの、変わり目みたなものが、パフォーマーは単にパフォームするだけじゃなくて、おしゃべりしたり、研究したりするときに、やってみると面白いことなんかもしれないなと思いますね。


例えば、どんなのが、即興パフォーマンスとして最初に触れて面白かったのか、語り合ってみるとかね。どういうのを面白いパフォーマンスやと思うのか、なんでそれが面白いのか、というのをね。多分世代によっても違うと思うんですよ。そんなの方は、非常に興味があって、面白い、自分としてはね。


で、個人史的な感覚からすると、フリージャズのものであったものが、ジャズからは消えてしまった。だけども、ふっと気づいてみると、ロックの方にはそんなんがあったとかね、パンクになっているとかね。こっちにきているなとかね。そのこと自体が面白かったり。けど、フリーミュージックとして主張しているものに、自分の持っているフリーのものを感じないとかね。その辺りのことを、話し合ったり、し合ったり、し合ったりすることは、面白いんですね。





●(次の)質問者: 何か、歳森さんの話と全然かみあっていない感じがするのは、佐々木さんもそうなんですけど、市田先生も、フリーインプロヴィゼーションが即興のアイディア、イメージ、根底にあるか、何かわかんないんですけど、何かジャンルがあるんですよね。ここにいる人は、実は、フリーはやってない人がけっこういるんじゃないか。だから先生が歳森さんの演奏をきいて即興とは認識しないかもしれない位で、私の演奏もそうかもしれないし。それで何か話が噛み合わない気がしました。


●市田: あのー、ぼく、噛み合うことは目指してないんです、全然(笑)


会場(笑)


●質問者: 先生方は確固とした即興音楽のイメージを持ってらっしゃるような気がしました。わかんないけど。





●(次の)質問者: では、この位で。多分そういうことを計算づくでやってらっしゃると思うんですけど(笑)。最後に、例えば、阿部薫という人が、60年代(終わり)から70年代初め位に(頭角を現したものの、その後)ダメになっちゃって死んじゃいますけど、あれって、騒乱とカオスには、寿命があるということ(笑) さきほど言われましたけど、次の、ジョン・ゾーンだとか、大友さんみたいに、何らかの秩序が欲しくなる、っていう、運動体みたいなものかなあ、と思って。先生、それどういうふうに思われますか?


●市田: 全くその辺は同感です。阿部薫は、1作か2作で止めておく勇気があったら逆によかったと思うんやけど。じゃあ、この後どうすんのやと。彼はその勇気を持たなかったんやなろうなあ、と思います。オーネット・コールマンはそれをもったと思います。


●質問者: 突っ切ったまま死んじゃったっていう。コールマンは長続きさせるために何らかのシステムを導入した。


●市田: やっぱり長続きしている人に、ものすごい引かれるというか、興味を持つというか、その変化の中で持続しているものみたいなのにね、ものすごく引かれる、感覚的にも知的にも。


●質問者: あー、逆に、ぼくは、お話聞いてて、燃え尽きる人が好きかなと思ったのですが(笑)


●市田: いえいえ、そんなことないです。


会場(笑)


どうも、ありがとうございました。


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(文字起こし:歳森彰)

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