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JASMIMレター0011(2010.11.03)
[エクセター大学シンポジウムレポート#1-1(沼田里衣さんへのインタビュー)]
インタビュアー:原真理子
編集:若尾久美
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SocArts Symposium ‘Flirting with Uncertainty: Improvisation in Performance’
エクセター大学ソックアーツ・シンポジウム「不確実さとたわむれる パフォーマンスとしての即興」
JASMIMレターでは週1回程度の頻度で肩のこらない読み物を配信しています。今回はメールによるインタビューです。
本年3月にイギリス、エクセター大学でシンポジウムが開催され、JASMIMのメンバー数人も参加しました。このシンポジウムは同大学に留学中の原真理子さんが企画、運営されたものです。ここでは即興に関するテーマが扱われており、JASMIMとも大変深い関わりの内容となっています。原真理子さんにJASMIMレターのためにお願いして、メールでその概要などを送っていただきました。
最初のレポートは、このシンポジウムで発表された沼田里衣さんのインタビューです。ぜひお読みください。
*原真理子さんのホームページはこちら http://www.marikohara.net/
***原真理子さんから寄せられたメール**
こんにちは! JASMIMスタッフの原真理子です。私は今、イギリスのエクセター大学にて、SocArts(ソックアーツ/Sociology of Arts)という音楽社会学者Tia DeNora(ティア・デノーラ)氏の牽引する研究グループに所属し、認知症ケアと音楽について博士研究をしています。この研究グループでは、研究員学生の興味や関心をベースに、ネットワーク作りの意味も込めて、毎年カジュアルなシンポジウムを開催しています。たまたま、今年のシンポジウム(2010年3月25日~26日)は私が担当することになり、せっかくなら、ぜひJASMIMとSocArtsの橋渡しするような内容にしたいと考え、即興をテーマに発表者を募ることにしました。JASMIMからは、代表の若尾裕先生が基調講演者として、そして音遊びの会の代表である沼田里衣さんが発表者として、そして嶋田久美さんは応援部隊としてはるばる日本から、イギリスのエクセターまでかけつけてくれました。シンポジウムのお題は、「Flirting with Uncertainty: Improvisation in Performance(不確実さとたわむれる パフォーマンスとしての即興)」。パフォーマンスにおける即興はどのような可能性を秘めているのか?即興とはなんらかの確実性を追い求める直線的なプロセスなのか、あるいは、不確実性と戯れ続けるという挑戦なのか・・・? こんなテーマに、日本、デンマーク、イギリス、スーダンか ら、研究者、実践者が集まり、エクセター大の教員や学生も加わって、 発表、ワークショップ、ディスカッション、ライブ、食事会・・・と楽しい二日間となりました。フルプログラムはこちら。
このシンポジウムの発表内容は論文やレポートとなって、SocArtsのオンラインジャーナル、Music in Arts in actionに来年中に掲載さ れる予定です。(このジャーナルではシンポジウム発表者以外からも、投稿を受け付けています。会員の皆様、ぜひ!)
沼田里衣さんにシンポジウムでの発表内容や感想についてメールでインタビューしました。
***ここからは沼田里衣さんの返信***
インタビュアー:原真理子
———–(インタビュアー) 沼田さん、 沼田さんには、音遊びの会について発表してもらいました。発表内容について教えていただけますか?
(沼田里衣) テーマは、”Musical Improvisation in Communities with Musicians and People with Learning Disabilities in Kobe”でした。発表についての話をもらった時には、神戸で行った2つのプロジェクト、一つは知的障害者、プロの音楽家、音楽療法家と共におこなった「音遊びの会」の事例と、もう一つは地域住民約340名が出演したコミュニティープロジェクト「運河の音楽」を発表しようと考えていたのですが、20分という時間だったので、「音遊びの会」について発表することにしました。
発表は、主に音楽療法の視点から行いました。私は、2000年から音楽療法のフィールドで研究や実践をしてきましたが、そこでの音楽 が、どんなに生き生きとして面白いものであったとしても、守秘義務があったりしてなかなかコミュニティと関係が作りにくく、周囲の理解も得にくい状況に疑問を感じてきました。療法の目標についても、障害にまつわる問題は、もっと社会全体で考えていくべきではないか、とも思っていました。
同じ時期に、よりフリーな形態の即興音楽を知り、とても面白いと思いました。ライブ会場でミュージシャンたちが次々に即興的にその場でパフォーマンスを繰り広げていく様は、音の中での関係性という面からみても面白かったし、音楽療法で起こる音楽とも似ていると感じました。
このように、即興音楽、音楽療法のどちらにも魅力を感じていましたが、この両領域の人々が一緒に音楽をしたら、より魅力的な音楽が生まれるのではないか、と思いました。
しかし、音楽療法の領域においては、効果、手段についての研究に力点が置かれがちで、音楽的内容についての議論はあまり重視されない傾にあります。近年、上述のようにコミュニティと関わることを重視したコミュニティ音楽療法という取り組みが多く行われるようになりましたが、そこでどのような音楽をするべきかという議論はあまり盛んではありません。このような状況なので、治療や効果を目的とせず、純粋に音楽をすることを目的とした場合にどのようなことが起こるのか、ということを試してみる必要があると思いました。
美術の領域に目を向けてみると、アウトサイダーアート、アール・ブリュットなど、知的障害者を含めた人々の作品がアートとして認められている状況があります。そこには、芸術領域と福祉領域における意見の対立があり、それをアートと言ってよいのかどうかということも含めて様々な議論がありますが、関係することがそれらの解決の一つの糸口ではないか、という議論もあります。このような作品の評価に関する議論は、パフォーマンス的性格が強く、アンサンブルが容易な音楽とは少し異なりますが、大変参考になると思いました。
次に、これらの議論を鑑みて行った「音遊びの会」のプロジェクトについて、コンセプト、参加者の変化、社会的インパクト、現在の課題という点からまとめて報告しました。
「音遊びの会」は、知的障害者、音楽療法家、音楽家が共に即興演奏を通じて新しい表現を開拓しようとしてはじまったものです。エイブルアート・ジャパンと明治安田生命からの助成金を得て、2005年9月に始まりました。2005年12月には、「音の城」という古い洋館の様々な部屋や廊下で同時多発的に即興演奏が行われた公演、2006年3月には、「音の海」と言う様々なアンサンブルを披露した公演を行いました。これらのライブ録音は、後にそれをもとにCDを制作し、映画音楽に使用されたり、音楽、音楽教育、芸術などの雑誌で紹介されたりしました。
公演に至るまでには、演奏者が同じ地平に立って新しさを模索することを課題にワークショップを行いました。特定のスタイルの音楽を練習するのではないやり方でワークショップを重ねた結果、独特のイディオムが次々に生まれています。
現在、音遊びの会は保護者も併せて総勢40名ほどのビッグバンドのようになっています。これからは、このコミュニティを維持しなが ら、どのように新たな参加者に加わってもらい、さらに面白い表現をクリエイトしていけるか、ということが、これからの課題です。