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また、私自身は音楽療法を研究のベースにしていることから、唯一の音楽療法の領域からの発表であったRachel Darnley-Smithの発表にも注目しておりました。彼女は、近年盛んに議論されている、音楽療法における音楽とコミュニティにおけるパフォーマンスとしての音楽の分かちがたい問題を指摘し、特にサイコダイナミックな音楽療法を公的な場でのパフォーマンスと区別してサイト・スペシフィック・アートである、と述べていました。これに対して、フロアからは、サイコダイナミックな音楽療法だけではなく、臨床における全ての音楽療法に言えるのではないか、あるいはある場所や人と関連づけられた一般の即興演奏にも当てはまるのではないか、また、精神面に特に焦点を当てた音楽としてサイキ(psych-)・スペシフィックアートでもあるのではないか、などの意見が出ていました。音楽療法における音楽を美学的に再考し、アートとして認めようとする態度には感銘を受けましたが、そうなると今度はアートの世界のうちでどのような位置を占めるのか、ということが問題となるのだろうし、そうしたことを今後は考えて行く必要があるだろう、と思いました。
学会の最後のプログラムとして行われたIngrid Monsonの招待講演も印象深いものでした。今回の発表は、アフリカのマリ共和国のバラフォン奏者とアメリカ1980年代のジャズトランペット奏者という異なる状況における演奏家が五音音階をどのように発展させて行ったのかを詳細に検討したものでした。その研究は、単にアフリカ発祥の音楽をディアスポラとしての音楽の変化と捉えるのではなく、彼らが生きた時代の美的観点や社会文化的観点、歴史的観点との関係の中で音楽形態が創出された経緯を論じたもので、研究手法がかなり整えられているという印象を受けました。Monsonは、冒頭で1980年代に自身がジャズの研究を始めた頃、即興音楽に関する研究は民族音楽の領域では様々に存在したものの、ジャズに関するものは皆無だった、と状況を振り返っていましたが、そうした中で培われた研究手法はとても丁寧なものに感じました。
こうした発表以外にも、学会の形態や運営方法についても勉強になりました。オックスフォードという場所や、比較的小規模だったこともあったと思いますが、議論の土台や枠組みがしっかりしていてとても快適でした。今回は、全て同じ部屋の中で順番に発表が行われたので全員が同じ内容を共有できましたし、休憩などの時間配分も適切で、発表の合間は別の部屋でお茶やお菓子をつまみながら様々に意見を交換できました。また、オックスフォードの有名なクライストチャーチでの食事・宿泊もセットになっており、毎回の食事時には立場を超えて意見交換や交流が自然な形で行われていました。2日目の晩には大聖堂でフランスから来た即興演奏家によるミニレクチャーと演奏があり、重厚なパイプオルガンでの速いテンポの即興演奏を聴くことが出来ました。3日目の晩には近くのパブで誰もが参加可能なジャムセッションがあり、主催者のMark Doffmanを始め、様々な研究者たちがハイクオリティな演奏を繰り広げていました。皆、研究時と同じくらい生き生きしていたのが印象的でした。